感覚で「わかる」こと【39日目
感覚で「いいな」とか、見てすぐ「わかる」ってことは
何にも考えられていないようにみえるかもしれないけれど
作り手はものっそ考えてるかもしれない。
そしてそれを感じさせていないだけかもしれない。
そういうことが、わたしの好きな「写真」や「音楽」や「言葉」にはたくさん繋がっていると思います。
シンプルなものほどそれは顕著だし、わたしはそれにすごく興味があります。
そして それは生活をしていても、身の回りのものから感じたりします。
例えば今会社で使っている電話機の子機。
受けた電話を親機に転送できるはずなんですが、やり方がわかんないんですね。
説明書が行方不明なのですがみんなでうんうん唸っています。
よっぽどなことがない限りは、あるボタンの組み合わせでイケそうじゃないですか。
これがぜんぜんわからない。でもできることはできるようなんです。(今長期で休んでる方がそうやって使っていたので;;)
ネットを見てもやっぱり説明書もない。
わたし(たち)はぐぬぬとなってしまいました。
(いや、もう、わたしが機械音痴なのは認めるんですが)
電話っていろんなひとが使うじゃないですか。
そういったものの機能はシンプルでわかりやすいほうがいいなあと。
例えば説明書がなくとも「感覚でわかる」ようにさせるって
作り手側の思いやりだと思うんですよね。(あれ、なんかわかんないひとのいいがかりに聞こえるかな。笑)
社会に出ると「教わる」「教える」ってことも
増えてくると思うんですが
そういったときに「伝えたいひとに 伝えたいように 伝える」って
すごく難しいなと思います。
特殊なことほど、わかりやすく教えたいし、教わりたいし。
わからない を わかる に変えるには、両者に「わかるための努力」が必要だと思いうんですよね。
でもなんというか。結構「教え下手」なひとに当たることが、
多いなあとも思います。
教えるのが上手いひとって、「教える対象にどれくらいの理解力があって、どのような手順で、どの程度教えたら理解するかを」知っているんですよね。
わたしはこれも「思いやり」だと思います。
思いやりをもったひとと仕事ができるのは嬉しいし、楽しい。
しかもこういったことは結果的に生産性にも繋がってくると思います。
(わかんないからミスるとか、何度も聞くとか、クオリティが下がるってことが減りますし。聞かれる時間も減らせるし。)
繋がっていないように見えるかもしれないけれど
そういう思いやりをもった仕事ができるようになりたいなあと思います。
まだまだ本当に勉強だなあ。
そして、感覚で「いいな」っていうのが伝わる写真が撮れるように…早くなりたいです。。。本当遠い。。。
そうそう、30日スクワット、一応続いています。笑
スクワット3日目 60回だん。
明日ははじめてのスクワットを休んでいい日だ!わーい!
ハルナさんに薦めてもらった引き締めるタイツも買ったし。
オラ、頑張るだ!
今日もこんなわけわかめなくだらないブログを読んでくださってありがとうございます。笑
あなたにあえて わたしは嬉しい。
それではきっと またあした!