背中にあたる掌の温度。

ただいまとか おやすみとか 愛しているよとか。

そして言葉に救われる。【94日目

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久しぶりに自動ドアに反応してもらえませんでした。

開かないかなと変な動きをしていたら

怪しいダンスを踊っているみたいで

お店の中の人と目が合って気まずかったです。

 

 

 

さて。

 

ネットの中のどこかで見つけた言葉に

Facebookはスーツ、mixiは私服、Twitterは全裸』

 ってのがあって、いつもそれに納得します。

 

(でももう殆どmixiなんてやってないなあ)

 

 

今はFacebookの更新の方が多くなっていますが

Twitterもやっていて

そこでは短い言葉にエッセンスが詰まったようないろんなひとの言葉に出会えて結構楽しいです。

 

(でも本当に上のようにTwitterは全裸なので、

 もしもわたしを見つけても さらーっと通りすぎてね。笑)

 

 

そんな自分のTwitterの中でも、わたしは「好きな人がお気に入りに入れている言葉」が面白いなと思います。

 

 

「自分がお気に入り」に入れたやつもたまに見返すと面白い。

 

 

例えばこんなやつ。

 

「趣味を仕事にしてはいけない」というのは誤解で、
「受信して楽しむ人が、発信者側に回って楽しめるとは限らない」
というのが正解だと思う
by Aoba

 

おお。昔に似たようなことをブログに書いた気がする。

 

あとはこういったものも。

 

借金をする人は、お金がいくらあるかを知ろうとはしません
太っている人は、体重も食べた量も知ろうとはしません
迷っている人は、何がしたいのかを知ろうとはしません
失敗をする人は、得意なところを知ろうとはしません
言い訳する人は、問題の本質を知ろうとはしません
by 考え方の整理箱
 

 

わかりやすいなあ。

 

あとは好きな人のこんな言葉にも不意に出会う。

 

表現をして生きていくということは、
きみを大好きなひとが横を走ってくれているということであると同時に、きみを大嫌いだという人も、
いっしょについてくることなんだ。
そっちを見ちゃだめだよ。ぜったいに
by 糸井重里

 

これに何度も救われたなあ。

 

 

 

外に向けて言葉を書くということは

「届くかもしれない誰か」

に向けて書くということかなーと思うので

気をつけて選んだりするんだけれども

 

Twitterって確かにわたしにとっては全裸だなあと思いました。

 

 

 

そうやって考えると、言葉のラジオみたいなものかもね。

好きな曲がかかるとも言えないけれど

かかると嬉しいし

意図しないお気に入りに出会えることもある。

 

 

そして今日もわたしは言葉に救われるのであります。

 

 

 

 

だんだんと秋らしくなってきたかなあ。

 

 

 

わたしにとっての「届けたい誰か」になってくれてありがとう。

 

 

あと6日で100日ーっ  続きますように。

それではきっと またあした。